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こんばんは。
『ひぐらしのなく頃に 解 (祭囃子編)』をやっています。伽那です。
……やはり、予想は正しかったようです。
『澪尽し編』と『祭囃子編』は、全く違う展開です。
と、いうか……『澪尽し』に比べて『祭囃子』はかなりテキストの量が多いようです。
ぶっちゃけて言えば、長いです。
長いという事は、その分の情報が詰め込まれていると言う事で、きっとそれが『澪尽し』の方で私が感じた『物足りなさ』の正体なんだと思います。
さてさて、その正体とは……? (続く


今になってわかった事なのですが、『澪尽し』に私が感じていた物足りなさの正体は、ズバリ『敵』の動機です。
何故、主人公は敵に勝てないのか。
その答えはすごく簡単なものでした。
それは『敵』が惨劇を起こそうとする『意思』に対し、それを打ち破ろうという『意思』が既に負けていたから。
このゲームは『昭和58年6月の雛見沢村』を舞台とした複数のエピソード(わかり易く言えばパラレルワールド)を1本のゲームと言う形にまとめた世界です。
『鬼隠し』『綿流し』『祟殺し』『目明し』『罪滅し』『皆殺し』と言う各エピソードは、同じ時期、同じ場所、同じメンバーを中心に展開するそれぞれ別のお話。
その世界では喜劇と悲劇が繰り広げられ、最後に惨劇で幕が閉じます。
……今やっている『祭囃子』以外の世界は、必ず惨劇で幕が閉じる。
……ということは、先ほどの『答え』を当てはめるならば、『敵』の『惨劇を起こそう』とする『意思』は、それぐらい強いモノでなければいけないはずなんです。
で、先ほどの言葉に戻ります。
今になってわかった事。
『澪尽し』に私が感じていた物足りなさの正体は、『敵』の動機です。
『どの世界でも惨劇を起こした』という『意思』の根底にある想い。
それが、『澪尽し編』では、よく感じられなかったのです。
でも『祭囃子編』を始めてすぐ、私は『澪尽し』と違うんだなと気付かされました。
『澪尽し』は、各エピソードで必ず最終的に死んでしまう『彼女』が『彼』を味方にして動き出す話で、その展開はそれまでの『皆殺し』までのエピソードで語られるもの以上の発見は少なかったように思います。
でも、『祭囃子』で開始早々いきなり語られたのは『皆殺し』の最後に判明した『敵』その者の軌跡。
どんな生い立ちで、どんな想いを持って舞台に登場して、どんな人生の末にどのような決断をして惨劇を起こすのか。
これがまた……そんなに理解出来ない話ではないんですよね。
むしろ、感情移入出来てしまう。
それはもう、人生の闇と光をその身に浴び、絶対に譲れないものが出来上がったと言う歴史。
その『譲れないもの』のためなら、惨劇に対する確固たる意思が生まれても仕方がないと思える説得力もあるように思います。
だから、微妙にぼやけた印象の『澪尽し』の『敵』に比べ、『祭囃子』での『あの人』はとても弱々しく身近に感じられます。
いや、今から『澪尽し』をやり直したらまた違う印象になるのかもしれませんね?
……まあ、まだ中盤なのでこれからどのような展開になるか楽しみに進めて行こうと思います。

……それにしても、カケラ結びは長かった……。


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